【マジック雑談】「超絶神業!マジックバトル夏の陣」を見て

※始めにお断りしておきますが、以下はあくまでもしがないアマチュアマジシャンの意見ですので、その点はご了承ください。

こんにちは、SkyWalkerです。

twitter界隈で話題になっていた上記のNHKの番組、2020年8月12日放送分を録画して見てみました。著名なマジシャンがマジックを披露するのですが、その後ゲストがムチャぶりをするという番組でした。例えば「片手だけでできますか?」「後ろから見てもいいですか?」など。

マジック自体は面白かったですが、番組のコンセプトは好きではなかったです。それでも色々と考えさせられましたので、少し(?)まとめてみます。

マジックは葛藤を与える芸である

マジックは特殊な芸です。例えば推理小説や推理ドラマでは、謎が幾重にも重なって展開しても、最終的には伏線を回収して犯人やトリックが明かされることが基本です。

マジックは演技を終えてもタネを明かすことはしません。観客の脳に「今までの経験上、起きるはずがないことが目の前で起きている」と認識させるからです。

もう少し突っ込んで言い換えると、観客が目の前で起きている現象を認めるのと同時に、それでも信じられないと認識する場合に限り、マジックは成功しているのです。

Darwin Ortiz ダーウィン・オーティスは、マジックが不可能であると認識するのは知的信念としてであり、原始的な感情のレベルでは「マジックは実際に起きている」と信じてしまう、と言っています(1)

この理由から、タネを明かされたマジックは、もはやマジックでは無いことがわかります。タネを知りながら見るのは、また別の楽しみ方です。

知的信念と情緒的信念の対立を狙う性質上、マジックはある程度観客に葛藤を与える芸なのです。

なぜこのような番組になったのか

上記を踏まえた上で、なぜ今回のような番組が生み出されたのかを考えてみます。(あくまで想像)

まず単純にマジックの演技を放送するだけでは、視聴者が満足しないだろうと判断したのでしょう。満足しない理由は、上記の葛藤を埋めるものが足りないと思ったのかもしれません。

ではプラスアルファで何を加えるか。さすがに堂々とタネ明かしをすることは気が引けたのでしょう。

1つ考えられる理由は「毎回騙されているのだから、少しはこちらの要求も聞いてくれ」という観客の心の叫びです。これはある意味正解だと思います。そして、あわよくばタネを暴きたい心理もあったのでしょう。

もう1つは「このようなムチャぶりですら、受け入れて演技をするマジシャンが見たい」という欲求です。これは相当高いハードルですね。今回の番組でも、ジョークで乗り切ったり、自分の演技がしやすいように解釈したり、プロはさすがだと思いました。

マジックが目指すべきゴールは

このような番組を生み出した原因が上記の葛藤であるならば、それを解消できれば、純粋なマジックのみの番組も作れるかもしれません。

ではどうすれば良いのでしょう。ジェイミー・イアン・スイスが大変含蓄のあるエッセイを書いています(2)ので、それを参考に私見も交えて書いてみます。

ジェイミー・イアン・スイスのクロースアップ・マジック 単行本 – 2008/9/1
ジェイミー・イアン スイス (著), 角矢 幸繁 (翻訳)

最初に認識しなければならないのは、マジックは観客を欺くことを最終目標にしてはいけないということです。観客を欺かなければマジックではないのですが、それは始めの一歩にすぎません。

次にすべきことは「騙された体験が観客の心を傷つけない体験にする方法を同時に見つけること」です。上記の心理的な葛藤を、何かで包み込む必要があります。適切な演出、ジョーク、演者のキャラクターなどですね。

しかし、これでもまだマジックが到達すべきゴールではないのです。

最後にすべきは「そのマジックを通して、マジシャンが伝えたいメッセージを伝える」ことです。歌手、画家、俳優などその他の表現者であれば、何かを伝えたいから歌を歌ったり、絵を書いたり、演技をします。

ここまで来れば、観客はタネの詮索をする気は起きません。上記の葛藤を包み込み、マジシャンが表現したいメッセージを快く受け取るならば、観客は満足するはずだからです。

マジックを観るということはマジシャンという他人の生き方とその人の心的風景を知り、そこを基準にして自分を客観的に観ることで自分なりの洞察力を磨く、素敵な人生経験を共有する大切な機会になるのです。

ジェイミー・イアン・スイス

高重翔氏の演技

私が今回の番組の中で一番感動したのは、FISM2018で見事パーラー部門3位を勝ち取った、高重翔氏の演技です。

失礼ながら氏の演技を見たのは今回が初めてで、本当に感動しました。基本的な演技はマイザーズドリームで、空中からコインが何枚も出てくるのですが、それを素敵な演出で包み込んでおり、一編の短編動画を見ている気分でした。

これにはゲストも満足していたようで、タネの詮索ではなく「音楽を変えてもできますか?」という軽いものでした。このような素敵な演技を見たら、この世界観を壊してはいけないという気持ちになります。

最後に

書いていくうちに自分が目指すべきゴールは何なのかを改めて認識できました。同時に、到達すべき目標は遠いことも…^^;

どこまで行っても半人前です。楽しみながら精進します。

参考文献

  1. Experiencing the Impossible, The Science of Magic; 1. What Is Magic? “Is Magic about Conflict between Belief Systems?”; Gustav Kuhn, The MIT Press.
  2. ジェイミー・イアン・スイスのクロースアップマジック;”Why Magic Sucks”「何故、マジックはくだらない見世物なのか?」, p16-23, ジェイミー・イアン・スイス著, 角矢幸繁訳, 東京堂出版

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