【徒然】供給過多とインスタント文化

先日、荻上チキのSessionというラジオ番組の中で「映画を早送りで見ますか? サブスク時代のコンテンツ消費がもたらす現状と課題」稲田豊史×武田砂鉄×南部広美(2022年5月16日)を聞いていたのだが、かなり面白かった。

メインはタイトルにあるように映画をなぜ早送りをしてしまうのか?という点だったが、その他にも興味深い論点が多数あった。

供給過多

稲田氏が指摘しているように、今は明らかにコンテンツが「供給過多」なのである。

今までは映画のDVDを購入するのに数千円払っていたものが、月千円程度で一生かかっても見きれない量のコンテンツを、自由に見られる権利が手に入る。

時間は有限で、また周囲がすすめるコンテンツが普段の空き時間では見きれないため、早送りしてしまうのだという。

氏自身も何年か前に仕事で数本の映画を一夜で見なければならず、早送りで大体のストーリーを掴んだことがあった。しかし、後日普通の速さで見た所、全然理解できていなかったことに気づいたという。

インスタント文化

最近インスタント文化とも呼ぶような、求めているものをすぐに手に入れたい、手に入れられるのが当然である、という空気が渦巻いている。何か問題や理解できない事柄に直面した時、すぐに答えが欲しい。自分が目指すものに最短距離で、無駄なく効率よく到達することが美徳と考える。

ラジオの中で、会社の中である分野のエキスパートになるには、今まで5年、10年かかって色々無駄なことも含めて経験し、やっと到達できるものと認識していたのが、最近はそんなに年数をかけた所でそもそも会社が存続しているかも分からないのだ、という話もあった。

明らかに物事の回転が早くなっている

最後に「この傾向はしばらく続いていくんでしょうね」と結論づけられていたが、個人的にはどこかで揺り戻しがくるのではないかと思っている。

順序と時間

7つの習慣に出てくる原則の中に「農場の法則」がある(1)。作物を得るためには、土を耕し、種を蒔かなければならない。水をやり、肥料をやり、時間をかけて芽が出る。芽が出た後も雑草をとったり、手間をかけなければならない。メンテナンスを正しく行えば、良い作物が収穫できる。種を蒔かなかったり、蒔いてもメンテナンスの時間を惜しめば、収穫はできない。

成長には順序があり時間がかかる。小さい子どもが歩けるようになるまでには、寝返り、ハイハイ、つかまり立ちのプロセスがある。それをスキップしていきなり歩けるようにはならない(2)

何かを成し遂げるには相応の時間がかかる。物事の効率が良くなったこの世の中で、これを真に意識する必要がある。

もちろん技術革新によって、かかる時間が短くなる部分もあるだろう。しかし、人間の4つの側面、身体的・精神的・知的・社会/情緒的側面(3)は一晩でどうにかなるものではない。日々種を蒔き、時間をかけて育てていくものである。

「揺り戻しがくる」と書いたのは、コンテンツを早送りして得られる、付け焼き刃的な知識や感動は長続きしないからだ。監督や著者が言いたいことは一体何なのか、自分の考えは一旦横において、作者自身が伝えたいことを熱心に傾聴し、感じ、初めて理解できるものである。これは第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」(4)である。早送りやスキップして表面上触れたものは、自分のパラダイムを通して得られるもので、本当の作者の考えを理解できるのか、甚だ疑問だ。

すべてを見る必要はない

時間がないのは皆一緒である。問題なのは、すべてを見ようとしているからである。周りのオススメを全て見るのではなく、自分にとって今重要なものは何なのかを考え、取捨選択するしかない。

「多くの場合、『最良』の敵は『良い』である(5)

しようとすることを決めるのは簡単だ。難しいのは何をしないか判断することである。

マイケル・デル

面白そうなものから手をつければ良い。自分に合わないと思えばやめて良い。また縁があれば触れる機会もあるだろうし「面白そうだったけど、今の自分には面白くなかった」という経験も有用である。

そういう意味で、クラシックや古典と呼ばれるものはハズレが少なく、選球眼も養われる。

「目指すものに最短距離で」という考えには同意しかねる。無駄だと思われることも許容できる世界になってほしい。

すぐ役立つことはすぐに役立たなくなる。自分で見つけたことは、一生の財産になる。

橋本 武(元灘中・高校国語教師)

参考:あえて無駄を作れ

完訳 7つの習慣 人格主義の回復(新書サイズ) 新書 – 2020/1/30
スティーブン・R・コヴィー  (著), フランクリン・コヴィー・ジャパン (翻訳)

自己啓発本の王様。今回の記事も相当参考にしています。おすすめ。

参考文献

  1. 完訳7つの習慣 Kindle版, 「第一の偉大さ、第二の偉大さ」, 位置No. 681
  2. 完訳7つの習慣 Kindle版, 「成長と変化の原則」, 位置No. 954
  3. 完訳7つの習慣 Kindle版, 「刃を研ぐ」, 位置No. 6193
  4. 完訳7つの習慣 Kindle版, 「まず理解に徹し、そして理解される」, 位置No. 5012
  5. 完訳7つの習慣 Kindle版, 「『ノー』と言うためには」, 位置No. 3293

コメント

  1. […] 供給過多とインスタント文化でも書いたが、時間は有限である。ふれるもの全てが質の良いものであることはなく、寄り道が必ずしも悪いことではないのだが、良質なコンテンツに触れ続けるべきであり、それを目指す姿勢は保ちたい。cf. 「基準」となるもの […]

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